485ゴールデンルール |
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■ボロは着てても心は錦というのは現代ではあり得ない
昔「ボロは着てても心は錦」ということわざがありました。しかし、現代の日本においてそれは通用しません。華やかな服を着るというのは自分だけのおしゃれではなく人のためにするおしゃれだからです。おしゃれをするのは人のためなのですね。その服装を見て人は明るい気持ちになります。地味で暗い服を着ている人の事を人は憧れません。この人のようになりたいなどとも思いません。そういう人の話を人は聞こうとはしないのですね。お釈迦様の話をなぜみんな聞いたかといいますと「王の座を捨ててまで布教してる」という事があったからです。王の座という付加価値がついているのですね。これを我々に置き換えるならおしゃれしたり、アクセサリーつけたり、華やかな服を着たりすることです。そうすると自分自身が観音菩薩になるわけですね。観音様はすごくおしゃれなのは人々を明るくするためなのですね。そうすると人はその人の話を聞いてくれるわけですね。アクセサリーも宝石とかじゃなくて400円ぐらいで売っているものでよいです。光れば鯖でもよいのです。顔のつやを出して、ひかりものつけて、はなやかな服を着るだけで良いことがバンバン起こってくるのです。
観光という言葉はその国の光を観るという語源があります。易でいう風地観4肴がその国の光を観るに大吉という観光の語源になっていますね。世の中が真っ暗であれば人は光のあるところに集まります。明るい人がいれば人は集まってきます。その人を観るのが観光になるのです。その人に会う事が有馬温泉に行くのに匹敵するからです。おしゃれして、顔につや、ひかりものをつけ、天国言葉を言って魅力的な人間になれば自然と「また、会いたいあなた」になるわけですね。また会いたいあなた、また行きたいお店になればどんな田舎でも場末でも人々はそこに小道を作ります。旭川動物園の入場者数は圧倒的です。どんなに遠くても魅力があれば人はそこへ行きたがるのですね。